ひろげた両手に

 

 

 

目があうと、

 

私めがけて両手を広げる。

 

私も同じ高さになるようにしゃがむ。

 

両手は私の首にまわる。

 

私は立ち上がって優しくリズムよく、小さな背中に触れる。

 

ぎゅっと力のこもった両手は次第に力が抜けて

 

同じように私の背中に優しく触れる。

 

 

抱きしめて抱きしめられる。

心地よさがジーンと身体に沁み渡る。

 

安堵感がこちらにも伝わるようなジーンとしたあたたかさは

私やあなたがそれぞれに優しく触れているうち、ずっと、続く。

 

 

 

1日に何度も求められる。

 

その度に応える。なるべく丁寧に。

 

 

 

「癖がついてはいけない」という人もいる。

 

それも間違ってはいないのだろう。

 

癖になったように私と二人きりになるときには必ず求められるから間違ってはいないのだろう。

 

ただ、これが12歳になっても17歳になっても続くわけじゃない。

22歳になって、34歳になってもできるわけじゃない。

46歳や53歳、67歳になってからじゃ頼めない。

 

 

26歳になってもただ抱きしめてくれる人がいればいいと願うことだってある。

ずっと肯定してくれて、言葉だけでは足りなくて。

 

 

 

温度で肯定されていたい。

 

 

 

 

そう思う夜だってあるのだから。

 

 

素直に言って許される、その年齢くらいはずっと抱きしめていたいのです。

まだほのかに肌に甘い香りが残る彼らが身を委ねられる、そういう時間があってほしいと思うのです。 

 

 

 

 求められた私すらも包み込む、ジーンとするそれは求めた側も求められた側も潤わずにはいられなく、広げられた両手に救われたりもするのです。

 

 

 

洗濯物と風。

今日だった。

込み上げてどうしようもなくなって、上を向いても仕方なくって。

唇を噛んでも溢れてきたのは実感だった。

 

今日の昼下がり、ご飯を終えて小さな洋服たちを正座して畳んでいた。

風がふわっと吹いて気持ちがよくって、『いい1日をみんな過ごして帰って来たらいいなあ』なんて思いがふわっと浮かんだ頃合いに、

同じようにふわりと私の祖父が浮かんだ。

 

憎まれ口を叩くときの険しい表情なんかじゃなくって、私が祖父の好物の「うずまきソフト」のアイスクリームを買って帰った時の、喜ぶのを抑えた時に出る、少しだけ口角の上がった口元と、隠しきれない目尻のシワ。

長い眉毛までが真っ白になっている、祖父の横顔だった。

 

「嗚呼、おじいちゃんにもう会えんのや」

 

溢れてきた実感。

 

祖父は死んだのだ。

 

 

手触りとか、温度とか。

 

 

心地良い。

 

 

 

「心地良い」が心地良くなったのは25歳を過ぎた頃だったように思う。

 

 

 

18の頃なんかは刺激的なものや熱いものを好んで選んでいた。

 

尖っていたり、熱を帯びているものはそれだけで魅力的に写っていた。

 

 

だから、田舎が嫌だった。

狭くてぬるくて単調な、そういう田舎が退屈に思えた。

 

 

平凡な田舎で歳をとった。

 

服屋さんで働いて、

晴れた日には公園でピクニックをして、

友達と夜中にドライブをして、

うどん屋さんで働いてる心根の優しい男の子と付き合って、

時々誰かとケンカして、

ライオン通りをはしごして朝まで飲んで、

雨が降ったら車の中でセックスをして、

気に入りの古びた喫茶店でコーヒーを飲んで、

瀬戸内に浮かぶ島々に美術を見つけに行って、

傷ついては泣いて。

 

平凡な田舎で歳をとった。

 

 

 

歳をとる中で好きになることが得意になった。

許せることも多くなった。

 

 

 

 

 

刺激の強いものは痺れてしまうかもしれないし、

熱いものはやけどをしてしまうかもしれない。

 

でも心地の良いものには攻撃性がない。

 

誰も傷つけようとせず、

「気持ち良い」とはまた違う、それを好むようになった。

私と何かの間には「心地良い」があってほしいと思うようになった。

「心地良い」時間。

「心地良い」場所。

「心地良い」空間。

 

それがあればいいと願うようになった。

 

それを見つけたいと思うようになった。

平凡でもいい、退屈でもいいし、普通でもいい。

 

「心地良い」を今日もあなたと共有したい。

 

 

急がば休め!

 

私は読書が好きで、仕事の休憩時間は大体どこかでコーヒーを飲みながら本を読んでいる。

西加奈子がおもしろくてリズム良く読めるばかりに時間を忘れて没頭し、気がつけば休憩終了5分前。

「くそう、憎いぜ。西加奈子。いい日本語使いやがる、愛してる」とか思いながら、愛情がこぼれないように慎重に本を閉じてカバンにしまい、次に考えるのはリアル。

 

 

会社まで走らないと間に合わない。

 

 

 

「急げ〜〜!!」と心の中で叫びながら、iPhoneから流す音楽も早く走れそうな曲にして小走る、小走る。

 

時々液晶で確認して「まだ間に合う!自分を信じろ!」とまた心の中で繰り返しながら急ぐ、急ぐ。

 

そして気がつけば、「あれ?会社通り過ぎた!」なんてことがしばしばある。

 

【休憩時間内に会社に戻ること】が目的なのに、いつの間にか、【急ぐ】ことに夢中になって目的を忘れてしまう。

下手すれば【急ぐ】ことが目的のような顔して私の前にいたりする。

私は容易く翻弄されて、急いで急いで気がついたら会社に背中を向けて走っているのだ。

 

 

おいおいおい、そんなマヌケなことはねえよ。

 

 

と言いたくなるだろう。

 

 

 

短距離で惑わされる私だ。

 

 

 

 

人生でも惑わされる。

 

 

 

数少ない投稿記事の中でも顕著に出ていると思うが、私は学歴コンプレックスを感じている。

大学進学を考えていたこともあった。

お金もないし、勉強もできない私なので働きながら勉強していた。
あの頃あまり睡眠をとっていなかったように思う。

なにせ寝ていないので記憶が曖昧だ。

 

朦朧とする中、バイトに明け暮れ、空いた時間で慣れない勉強をしていた。

 

案の定、体調が崩れた。

血尿出るワ、夜になるとミミズ腫れのような湿疹が毎日出るワ、熱は出るワ・・・等々。

生活がままならないところまで来てしまった。

【大学に進学すること】が目的だったのにいつの間にか埋もれて、「これくらいしないとダメだ」などと考え自分を縛ってただただ【ひたむきに努力すること】が目的のような顔して私の前にいた。

 

 

必死になっているときほど、目先のことに集中する。

そんな時こそ一休みが必要なのかもしれない。

無為な時間を過ごして自分は「なにを求めているのか」自分に聞けば、埋もれていた気持ちの声は小さくなっているかもしれないけれど、答えてくれる。

 

最初は聞こえないことだってあるだろう。

 

一番聞き取りにくくて、聞こうと思わないと聞こえない声。

 

その声は、「ゆっくり寝転んでなんにも考えたくない」「あたたかい毛布にくるまって1日を過ごしたい」「傷つけない人とだけ関わりたい」と細く泣いているかもしれない。

 

聞こえたら、その声を大切にしてほしい。どうか。

現代人にとってムズカシイ小さな願いを聞いてほしい。どうか。

「仕事をしないとお金がなくなる」「普通にしていないといけない」「頑張らないといけない」「もう大人だから一人で生活していかないといけない」「男だからこうあらねばいけない」「女だからこうしなくちゃいけない」

 

そういうのとは一旦、距離を置いて。

 

一見、重要そうな、大きな顔して心の中に居座る、プライドとか、生活レベルとか。

 

そういう奴らとは一旦、距離を置いて。

 

 

もう働けない。休みたい。何もしたくない。

 

それでいいと思う。

それじゃ生活していけない?
心許せる人に頼んで居候させてもらったらいい。
恋人でも家族でも友達でも先輩でも後輩でも。

 

 

「これができて当然」を勇気を持って打ち破ってほしい。

 

 

本当に生きたい目的をよく知っている声のままに。

 

 

 

 

イビったれてんなよ!

新宿駅の角にある花屋さんの前に立ち尽くしていた。


花が、ピンクや黄色、淡い色をした花たちが今日も優しく咲いていて涙が出そうだった。

 

イヤホンは耳につけているが、音楽は流れていない。

 

店員さんと男性が花束を相談しながら作っている。

「この淡いピンクの薔薇だとこちらのクリーム色のお花と合わせると春らしい色合いですよね」

 

「あっちのオレンジの花は?」

 

「オレンジとピンクだと少しきつくなるのでピンクは退けてクリームとオレンジのお花でまとめるのはどうですか?」

「じゃあ・・・」

 

花束の色合いが決まりかけた頃、『ああ、今日はホワイトデーか』と鈍く思い出す。

 

 

疲れていた。

仕事は決まらず、不採用通知が届くばかり。

しのぎで働き始めた飲食店で私は嫌われていた。

 

私ののんびりした性格なのか、話すと耳につく訛りなのか、存在なのか。

理由はわからないけど、嫌われていることはよくわかった。

 

無視されるのがデフォルトだ。
「おはようございます」も「ありがとうございます」も一瞥もくれず、もちろん言葉が返ってくることはない。

怒る時だけ話しかけてくれるがたいてい身に覚えのないことで怒られていた。

 

最初は正直彼女たちの反応が面白かった。

『へー、こういうことする人って本当にいるんだなあ』

私が働き始めてすぐ様私に対する態度を決めた彼女たちのことを私は特別好きでもなかったし、嫌いでもなかった。

仕事が決まればこの場を去ると最初から決めて入った私はここが全てではなかったし、働いている11時間程度を彼女たちに無視されるか罵倒されるかして過ごし、面接や用事のある日は休みを取っていたので大体は週でいうと4,5日程度を彼女たちに要するにいびられていた。それだけのことだった。


そういう状況に気付いたマネージャーは「あなたは悪くないし、何されても態度を変えずに仕事してくれていて助かっている。彼女たちは年を取りすぎているし、うちで働いている年数も長い。彼女たちを変えるのは難しいから、あなたが彼女たちに嫌われないようにしてほしい。その方が自分としては楽なんだ」

マネージャーの言っていることはわかるし、その方が楽なのもわかるんだけど、

その日の帰りはなんだかやるせない気持ちになって、0時を過ぎているのにも関わらず、じゃがりこチーズ味をガリガリ食べるしかなかった。

 

簡単に言うと悔しかった。

 

『私、何にもしてないのに、明らかな悪意を向けられてる。なのにまだ頑張らなくちゃいけないんだ』 

 

ムカムカっとしてじゃがりこがススんだ。

ガリガリ噛んでると気持ちが良かったし、単純にじゃがりこはやっぱり美味しかった。

 

それからはシフトに入るたび疲れる一方で、夜になるとじゃがりこはススむ一方だった。


約2ヶ月。

 

好きでも嫌いでもない人に無視されて、否定される日々は私を弱らせた。

自信がもともとない私だけど、もっと自信がなくなった。

『私は人より少しだけ友達を作るのが上手だと思っていたけど、勘違いだったかあ』

何にもできない気がしてしまったし、どこへもいけない気がした。

新しく出会う誰にも好かれない気がした。

昔の口癖も戻ってきてしまった「すいません」何をしてもどこへ行っても「すいません」とよく言う私に戻ってしまった。

仲良くしてくれてお世話してくれている人へも「すいません」の口癖は止まらなかった。

 

「そんなに謝らんでええよ」「なんでそんなに謝るん?」

 

私の「すいません」が気を使わせてしまっていることはわかっているのに「すいません」が止まらなかった。

 

「(ここにいて)すいません」

「(邪魔して)すいません」


ああ。とんでもないところまできてしまっている。

冷静になってそう思った。

 

冷たい泥を心にずっと塗りつけられているような気分だった。2ヶ月。ずっと。

 

急いで回れ右!をする。

こんなに自信をなくてしまっては本当に身体を悪くする。

 

少しシフトを減らした。

単純に忙しかったのもあるのだけど、シフトを減らして環境と距離を取ることができた。

 

そしたら思い出す景色も見える景色もあった。

かつて一緒に働いた楽しい人たち、芸術祭で出会った人、ボランティアを通じて知りあった奇跡のような仲間、ダサくて暗い私を見守ってくれる地元の友達、東京出てからずっと助けてくれる同期たち、故郷に残してきた血の繋がらない家族・親友のこと。

 

当たり前のように仲良くしてくれていた人たちの存在はあたたかで心地よく、有り難いものだったということ。

 

私は彼や彼女たちが大好きだということ。

 

私はまだ闘えるということ。

 

 

春はすぐそこだ。

しょっぱいなんて生ぬるい。

6年が経った。

 

6年前は香川県にいて、気の合う友達と瀬戸内海を眺めながらドライブしてた。

友達が仕事が始まるのが19時だったから、仕事先まで送り届けて帰宅したのが19時半。

 

珍しく、父が家にいて居間でテレビを観ていた。

父はアクション系の映画が好きだ。

画面の中は真っ赤で火事の様子が映されていたように思う。

 

父がぽつりと、

「これ、今日本で起きとることやぞ」

と言った。

私に言ったのかただ声に出したかったのかわからないけど、確かにそう言った。

 

シーンが変わる、黒い波がどんどん街を呑み込む映像が流れる。

 

私は全然理解ができなくて、でも涙はずっとずっとでていて、テレビの前から離れられなかった。

 

「あの日」

 

から6年。

 

 

私は

 

「あの日」

 

「日常」を過ごしていたので、今日も「日常」を過ごした。

 

ただ、出かける前に手を合わせた。

あの時間になると目を閉じて思いを馳せた。

 

「日常」が崩されるかもしれない瞬間、瞬間を生きている。

「日常」が奪われたあとに、思い出した!じゃ遅すぎるから。

時間は過ぎていって忙しないこの土地は遠い日にしてしまうこともあるかもしれない。

 

でも今日は、しょっぱいなんて生ぬるい、いたみと悲しみに寄り添って、これからのために考える日でありたい。

 

 

願わくは私に声援を

 

その人は、晴れた日の窓に背を向けて座っていた。

畳に正座して話していたのはスポーツ選手のセカンドキャリアの問題について。

スポーツばかりをしてきた選手たちは引退後の食いブチに困るのだと、それはプロに限らず、スポーツを中心に生活をしてきた大学生にも言えて裾野の広い問題であると話していた。

しかし、その人は言った。

「やってやれないことはない」と。

例えばスポーツを引退した後に、弁護士にだってなれるのだと。

 

「やってやれないことはない」

 

その言葉を放ったその人は窓から注ぐ日に照らされてあたたかく光っていた。

光ったのはその人の背中かそれとも言葉か。

 

私はノートに走り書きをする。

 

「やってやれないことはない」

 

耳に心地よい、いい言葉だ。

 

自信なんてのはいつだってない。唯一自慢げに話せるのはお国自慢の時だけだ。

お金で買えるなら私は自信をキャッシュで一括で購入するだろう。

喉から手がでるほど欲しいとはこのことだ。

その人は誰に言うでもなく、間違いなく私ではない誰か大勢のことを思って口にしたであろうその言葉が私を射抜いた。

 

自分に向けられた言葉じゃないから響いたのかもしれない。

私に向けられた言葉なら、私は心の中で否定してしまっていただろう。

「そんなことないです」と。

私ではない、もっと広い人々に向けたその言葉が万人の中にいる私にも響いたのだ。

 

勝手にいいように私の言葉として受け止める図々しい私に、どうか。

 

 

願わくは私に声援を。